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【アラベスク】  第18章 恋愛少女



第3節 女同士 [6]




 俺は、信用されていない。好かれてもいない。なんで? 霞流の方がよっぽど信用ならねぇ男だってぇのに、なんで俺が?
 霞流の方が。
 遣る瀬なさに胸が締め付けられる。再び激情に包まれそうになるのを必死に押さえる。口を開け、大きく息を吸い、唇を舐めて息を吐いた。
「お前、まさかこれから、繁華街にでも行く気?」
「こんな時間から開いてる店なんて無い」
「霞流に会いに行く気だろ? ひょっとして富丘?」
「家に帰る」
「じゃあ送ってく」
 圧し掛かるような圧迫感に唇を震わせ、しばらく思案し、やがて一瞬の後、美鶴は身を捩って聡の手を振り解いた。
「勝手にしろ」
 正直、今は聡と会話などしたくもない。顔など見たくもない。だが、ここで美鶴がゴネれば、聡も譲らないだろう。このまま平行線が続けば、聡は本当にこの場でキスくらいしてしまうかもしれない。
 本当に、コイツは信用ができない。
 信用ができない。
 言い返しながら、だが美鶴は聡の言葉をもっともだと納得もしてしまう。
 信用できない。
 そうだよね。黙ってコソコソと男に逢いに行ってるような女、信用できるワケないよね。
 私って、信用できない女なんだ。でもさ、じゃあなんで、そんな女を好きになったの?
 溜息がでる。
 霞流さんに逢いたい。このまま、またしばらく逢えないのは嫌だ。
 だが美鶴は、自分でも意外だとは思うのだが、これから霞流の後を追おうとは思ってはいなかった。
 霞流には逢いたい。だが、今逢って、何を言えばいいのか? 何を聞けばいいのか、どうすればいいのか、てんでわからない。
 混乱する頭で霞流と対峙しても、無駄なような気がする。下手に後を追ったところで、聡に抱き締められた経緯を無様に言い訳するだけのようで、それも惨めに思えた。
 どうしてあんなところを目撃されてしまったのだろう。
 泣きたくなる。
 やめよう。さっきの事は忘れよう。バカ聡の行動にいちいち悩んでいるコト自体がバカらしい。そうだ、聡の行動になんて振り回されている暇はない。
 相手は本気だ。徹底的に私を潰そうとしている。
 公園を出て、駅へ向かう。
 瑠駆真は、もう学校を出たのだろうか? こちらへ向かっているのだとしたら、どこかで鉢合わせになるのかもしれない。二人の態度を見たら、何かあった事など瞬時に察するだろう。彼は頭がいい。
 美鶴の噂など、瑠駆真の耳にも届いているだろうし、自分が疑われているだろう事くらいも理解はしているはずだ。
 それが、犯人は霞流慎二だとわかって、瑠駆真はどう思うのだろうか? どういう行動に出るのだろうか?
 チラリと、横の聡を見上げる。駅舎を出て以来、一言も発してはいない。どうやって美鶴を説得しようか、その小さな頭で必死に考えてでもいるのだろうか?
 聡、どうして私の事なんて、好きになったの?
 虚しいような寂しいような、よくわからない感情に溜息をついた時だった。滑るように車が横を流れた。
 濃紺のセダンは一度二人を追い抜き、数メートル先で止まった。ハザードが付き、助手席の扉が開く。何気なく視線を向けていた美鶴は、降りてきた女性に目を丸くした。
「こんにちは」
 首を揺らすと、爽やかな香りが流れた、ような気がした。小窪(こくぼ)智論(ちさと)は爽やかで瑞々しい。
「智論さん」
 声に込めた警戒心に、智論は気付かない様子で一歩近づく。
「お久しぶり、元気だった?」
 まるで親しい友達のよう。
「そういえば、お友達もお元気? 涼木さんだったかしら」
「あぁ、まぁ、はぁ」
「もう三年生よね。勉強、大変?」
「いや、別にそれほどでも」
 他愛のない会話が続く。ゆっくりと近づいてくる相手に、美鶴は居心地の悪さを感じた。
「あの、智論さん、私になにか?」
 訝しそうに見返してくる相手に、智論はあと数歩で手が届くという距離を保って止まった。そうして一瞬だけ聡へ視線を向けてから、声のトーンを落とした。
「ずいぶんと、大変な事になっているみたいね」
「え?」
「学校よ」
 言って、少し視線を落とす。
「学校?」
「えぇ」
 ゆっくり瞬く。
「慎二との、噂が流れたみたいね」
「どうしてそれを?」
 警戒心の増す美鶴と視線を合わせ、しばらく思案してから智論は口を開いた。
「ちょっと乗らない?」
「え?」
「話したい事があるの」
「話したい、事?」
 美鶴は眉を潜めた。なぜだろう? 智論の言葉を素直に受け止める事ができない。
 どうして智論さんは、私と霞流さんの、学校で流れている噂の事を知っているのだろう? 私の事、監視でもしているのだろうか? どうして?
 慎二の事が好きなら諦めろと忠告したのは彼女だ。
 形式的とは言え、霞流慎二の許婚という立場にある彼女。幼馴染で、彼を良く知る存在。昔の、まだ優しくて暖かかった頃の霞流を知る人物。
 霞流慎二に、もっとも近い一人。
「ここでじゃダメですか?」
「ここでもいいけど、話も長くなるし、車もあるし」
「どこかに止めてきたらいいでしょう?」
 チラリと運転席を覗く。男性のようだ。
「長くなるんなら、また今度でもいいんじゃないですか?」
 なぜだか語気が強くなる。
 私、智論さんの事、嫌い、なのかな?
 不信感を剥き出しにする相手に、智論はやんわりと笑った。
「でも、慎二の件よ」
 無言で見つめ返す美鶴。
「諦めろって話ですか?」
 春風が二人の間を流れた。
「そういう話ではないわ」
 少し目尻を下げた。
「言ったところで、あなたはもう引くつもりなんてないんでしょう?」
 左手で車へ促す。
「乗りなさいよ」
 言って、車のところまで戻り、後部座席の扉を開いた。







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